岩手県の北部、久慈市山形町(旧山形村)で飼育されている銘柄牛「いわて山形村短角牛」は、 5月の新緑が芽吹く頃に放牧し、秋が深まると里の牛舎に下ろす「夏山冬里方式」で育てられていることが大きな特徴です。 厳寒期に畜舎で誕生した子牛が、母牛とともに標高500〜800mの放牧地に放たれることを「山上げ」といいます。 2021年5月9日、短角牛が山上げされた牧場を訪ね、短角牛グルメを堪能するバスツアー 「いわて山形村短角牛 エリート牧場山上げと短角牛ディナーの旅」がトラベルリンク(株)の企画のもと、実施されました。 その様子をレポートします。 取材・文:橋本佑子(フリーライター)
短角牛とはどんな牛?
短角牛は日本短角種という和牛の一種で、旧南部藩時代に荷役牛として使われていた南部牛に、明治以降輸入されたショートホーン種を交配し、品種改良を重ねて生まれた肉用牛です。ルーツとなる南部牛は、三陸沿岸で直煮製塩によって生産された塩をはじめ、鉄や海産物などを内陸に運ぶ役目を担っていました。荷物を運搬する際に使われた沿岸部と内陸部を結ぶ道は、「塩の道」と呼ばれています。バスは「塩の道」をたどって、まずは短角牛のふるさと旧山形村を目指します。
コロナ禍とあって、今回のツアーはさまざまな制約のもとで実施されました。そんなバス内の雰囲気を和ませてくれたのは、本ツアーの企画協力者の一人、肉のふがね代表の府金伸治さんと、ガイドを務めるトラベル・リンク(株)の北田公子さんの息の合ったトークでした。府金さんが短角牛に興味を持ち、商品開発に取り組み始めたのは16年前のこと。「日本で唯一、自然交配により子牛が生まれるため、短角牛には『旬』があるんです。これが何よりの魅力です」と熱く語る府金さんと、塩の道の歴史を分かりやすく解説してくれる北田さん。楽しく耳を傾けているうちに、最初の目的地に到着しました。
北上高地の自然が育む短角牛
久慈市短角牛基幹牧場は、優秀な雌牛が集められることから「エリート牧場」と呼ばれています。短角牛生産者の柿木敏由貴さんの案内に従い、牧野に足を踏み入れます。105.5haもの広大な牧場に放たれているのは、100組の親子と2頭の種牛。急な傾斜地を物ともせず、元気に駆け回る牛たちを見るだけでも、短角牛がいかに健康的に育てられているのかが分かります。
和牛の中でも、短角牛が占める割合はわずか1%。けれども、子どもの頃から短角牛がすぐそばにいる環境で育った柿木さんは、牛といえば短角牛のことだと思っていたそうです。そして、農業大学校で他の牛の育て方を学んだ時に、短角牛の良さに改めて気づいたと話します。牛のエサとなるトウモロコシを自家栽培し、国産飼料100%で育てた柿木さんの短角牛は、全国に多くのファンを持っています。
放牧地を歩き始めてしばらくすると、空模様は一転し、大粒の雨。ひとしきり降ったら、太陽の明るい光が草地を照らし始めました。「山の天気は変わりやすい」とは言うけれど、足元が濡れてしまい、たいへんな目に遭ったと思っていた時、柿木さんの言葉が耳に入ってきました。「ひと雨降れば、草が生えてきます」。なるほど、自然の営みそのものが、短角牛を育てるための恵みをもたらしているのだと実感。さらに「海水が蒸発して雲になり、ミネラルを含んだ雨を降らし、その雨を含んだ草を短角牛が食む。だから、『ここで育った短角牛は塩味がする』というシェフもいます」とも。壮大なスケールの話に、思わず感嘆していました。
地域の伝統を伝える人たちとの出会い
バスは昼食会場となる平庭高原闘牛場へ向かいます。ここは東北唯一の闘牛場で、春から秋にかけて4回の闘牛大会を開催。旧山形村の闘牛は、塩などを運ぶ際、先頭に立つ牛を決めるため角突きをさせたのが始まりといわれています。短角牛は肉用種ですが、闘牛の素牛としても全国各地に供給され、「南部牛」の名で知られているのだとか。柿木さんは闘牛の飼育もしていて、大会では闘牛を操る「勢子(せこ)」を務めています。「闘牛は岩手の宝、日本の誇れる宝だと思います」と話す柿木さんは、旧山形村に伝わる闘牛文化の継承にも情熱を注いでいます。
バスを降りると、相撲でおなじみの太鼓の音が聴こえてきました。音に誘われるまま闘牛場へ入っていくと、そこには力士のような出で立ちの男性二人。旧山形村の郷土料理「まめぶ汁」を使ったまちおこしに取り組む「久慈まめぶ部屋」のメンバーが「ようこそ!」と笑顔で迎えてくれました。
昼食は、肉のふがね特製の「岩手短角牛やわらか煮弁当」。東京の有名百貨店で開催された駅弁大会で2010年と2011年に1位を獲得し、いまも通販サイトで売れ筋ナンバー1の商品です。このお弁当に加えて、久慈まめぶ部屋からまめぶ汁が振る舞われました。朝ドラ「あまちゃん」で一躍有名となった「まめぶ汁」と、短角牛のほぐし肉がたっぷり乗ったお弁当を並べ、待望のランチタイムです。
お弁当の短角牛は柔らかく、味がしっかり染みていて、ご飯との相性が抜群。まめぶ汁も、おかわり続出で大人気です。久慈まめぶ部屋のメンバーがまめぶ甚句や南部牛追い唄を披露してくれたり、地域に伝わるおやつのお土産を用意してくれたりと、心のこもったもてなしにツアー参加者の皆さんは大満足の様子。久慈まめぶ部屋のお二人と柿木さんに見送られ、バスは再び動き出しました。
「塩の道」の物語に思いを馳せる
次に向かったのは、山ぶどうのワインで知られる葛巻町のワイナリー「岩手くずまきワイン」。この付近では「塩の道」の痕跡を見ることができます。くずまきワインを訪ねる前に、塩の道旧道を少しだけ散策しました。三陸から内陸の盛岡まで、北上高地を越えていくと約110km、約7日の道のりだったとか。牛方に連れられ、背に約100kgもの重い塩俵を積んだ牛が7〜8頭連なり、起伏の激しい山道を歩く姿が、ふと頭に浮かびました。
岩手くずまきワインで、1時間ほどの自由時間。各種ワインコンクールで受賞したワインなどをテイスティングしながらお土産選びをしたり、併設された「森の館ウッディ炭の科学館」を見学したりと思い思いに過ごし、ツアーは終盤へと入っていきます。
日本初の国産セシーナに注目
葛巻町を出たバスが向かった先は、岩手町の国道4号線沿いにある「肉のふがね川口店」。加工施設を見学し、短角牛の美味しさの秘密にさらに迫っていきます。
2018年に建てられた川口店は、非加熱食肉加工もできる工場直営店。「セシーナ」を作るためには、なくてはならない加工施設でした。セシーナとは、スペイン北部の山あいに伝わる牛肉の生ハムです。かねてからセシーナに関心を寄せていた府金さんが、念願を叶え、その味を知ることができたのは2014年。「まず牛肉の味がして、塩味、チーズのような醗酵臭、最後に草の香りが口の中に広がりました」。育ってきた環境が味や香りに出ることに感動した府金さんは、柿木さんが育てた短角牛と野田村産の「のだ塩」で作る日本初の国産セシーナの開発を決意しました。
塩の道、生産者との絆、岩手産の素材など、いくつものストーリーを持つ短角牛のセシーナは、「IWATE FOOD & CRAFT2020」フード部門でグランプリを受賞。注目度は日に日に高まっています。工場の熟成庫の中では、短角牛の牛脂に覆われて熟成中のセシーナが何本も吊るされ、完成の時を待っていました。その中には、くずまきワインの山ぶどうの搾りかすや、地域の蔵元の酒かすを使った新商品もあり、ますます話題をさらいそうです。
工場をひと通り見学した後、店舗へ移動し、ここでもしばしの買物タイム。精肉や加工肉だけでなく、惣菜やスイーツも充実していて、これから短角牛コースディナーをいただくというのに、あれもこれもと手にとっていました。
知ったからこそ分かる美味しさを実感
旅の締めくくりは、盛岡市大通りの「ヌッフ・デュ・パプ」での「いわて山形村短角牛コースディナー」です。この店は、生産者と直接つながりを持ち、優れた食材を厳選していることで知られています。もちろん、柿木さんの短角牛もそのひとつです。
席に着くと、さっそくウェルカムドリンクとアミューズのうれしいおもてなし。ヌッフのオーナー、伊東拓郎“ボス”おすすめのくずまきワインのスパークリングと、「奥中山三谷さんのミルクで作ったチーズとラタトゥイユのブルスケッタ」を口にして、これから出てくる料理に期待を募らせます。
店内は充分なスペースを空けて4人用テーブルが配置され、1テーブルにつき1人もしくは二人掛けに。司会進行の北田さんと府金さん以外、全員が同じ方向を向いて座りました。参加者の皆さんが注目する中、正面の少し空いたスペースに、ワゴンに乗せられたセシーナが登場。松橋ひらくシェフが表面を削ぐように1枚1枚ていねいに肉を切り、各テーブルに配られました。
松橋シェフはイタリアで修行した後、東京のイタリアンレストランで技とセンスを遺憾なく発揮し、その名を広く知られる存在。昨年9月にヌッフのエグゼクティブシェフに就任しました。「岩手の食材はポテンシャルがある」と語る松橋シェフと、岩手が誇る食材のひとつ・短角牛とのコラボにわくわくしているところへ、「自家製ブレザオラ(牛肉の生ハム)」、「短角牛の自家製コンビーフ入りポテトサラダ」、「山菜の入った野菜のテリーヌ」、「スモークした短角牛のレバーと自家製ン・ドゥーヤのカルパッチョ仕立て」の4種が盛り付けられた冷前菜の盛り合わせが運ばれ、ディナーの始まりです。
まずは興味津々のセシーナに手を伸ばしました。薄い見た目から想像していたよりも噛み応えがあり、ほどよい塩気。追ってチーズのような味わいが広がってきます。少し時間を置いて、もうひと切れを食べてみましたが、空気に触れたせいなのか、最初のひと切れよりもチーズの香りが強まっているような気がしました。こうした時間経過による味の変化を感じてみるのも、セシーナの楽しみ方のようです。
「黙食」のディナーの盛り上げ役を買ったのは、やはりこのお二人、北田さんと府金さん。各テーブルに小さなホワイトボードを置き、料理の感想など参加者の皆さんの「声」を拾い上げながら、ラジオパーソナリティーばりに双方向のやりとりを展開していきます。
ディナーは温前菜「コンフィにした短角牛ハツと出水産たけのこ、コルシカ風オリーブペーストのパートブリック包み焼き」、プリモ・ピアット「ボローニャで覚えたボローニャ風ミートソースのタリアテッレ」と進み、いよいよメイン料理となるセコンド・ピアット「柿木さんの短角牛のビステッカ バルサミコソースとパルミジャーノを添えて」へ。伊東ボス厳選のワインをオーダーし、料理を待ち構えていると、さすがは一夜限りの「FMふがね」、スペシャルゲストを用意していました。正面のモニターに映し出されたのは、自宅にいる柿木さん。柿木さん宅とヌッフをオンラインでつなぎ、短角牛トークをさらに深めます。目の前の皿には、きれいな赤身のランプ(もも肉)。アミノ酸の含有量など短角牛の美味しさは化学的にも証明されていますが、脂を先に感じる黒毛和種とは全く異なる味わいが、短角牛にはあります。誰が、どんな思いで、どのように育てているのかを知ると、美味しさが増幅するだけでなく、自分の食生活が楽しく豊かになるのだと思い至り、ひと切れひと切れ噛みしめました。
ドルチェ「奥中山三谷さんのミルクで作ったヨーグルトと山ぶどう果汁のムース」までじっくり味わい、ツアーの全行程は無事に終了。短角牛をあらゆる角度から掘り下げ、短角牛のみならず、そこに関わる人たちの熱い思いにも魅了される1日となりました。
岩手短角和牛の美味しさの秘密を以下リンクでまとめています。
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トラベルリンクさんのレポート記事もぜひご覧ください。